2009.06.22(Mon)
『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』 第12話「全は一 一は全」(6月21日放送) の感想です。
※当ブログは原作ガンガン本誌進行でのネタバレに配慮はありませんのでご注意ください※
リアルタイム視聴の初見では、正直、場面転換の煩雑さに、イライラ・ムカムカ・見てて気持ち悪かったデス。
一つ一つのエピソードはそれなりの出来なのに、今回は繋ぎ方もそう悪くはなかったハズなんですが
場だけなく時間軸も飛ぶので、尺が無いと言うなら尚更、極力場面移動はすべきじゃなかったかと。
特に最後の子アル・エドの錬金術の悟り語りで締めるのは余韻を持たせたかったのかもしれないけど
そこに至るまでブツ切り場面転換のオンパレードできてるだけに
各シーンを切り貼りして余っちゃったから最後に詰め込みました的に思えてしまいます。
「全は一 一は全」の答えを出す流れの中に挟みこむ事はできんかったんかなー。
その方がじっくり魅せれて、余韻と各パートの緩急が引き立ったと思うのですけれど…
なんというか、メインのシリーズ構成作家である大野木氏の脚本回のつくり方は私と性にあわないらしい。
ただ、ようやく、入江FAとして分岐した感が出きたと思えた点は◎。
分岐って、水島版とじゃないですよ、 荒川鋼とです。
ほぼ1クール、12話にしてようやく「原作を
無難にまとめようとした」じゃなく、
「制作が作ってる」と感じられるエピソードの取捨選択だったと思います。
トリシャとイズミ、 エルリック兄弟の二人の母親を同一話の中で収めようとしたのは、なるほど!と思えたし、
構成的に最後に持ってきたり、エドの「全は一 一は全」の気づき方からして、
錬金術と言うツールを使って入江FAが強調したいのは
世界と個人のかかわりよりも、
「生きてる事」ありきで、変化する事⇒前へ進む意志⇒完全ニシテ停滞スル物への否定が描かれるんじゃないんでしょうか。
逆に「生きてる事」の証明として、家族とか仲間とかコニュニティ(世界)の中の「個=一」の立ち居地を形成していく兄弟が描かれるのだと期待できるシナリオになってきた思います。
■チコを生きかえらせて カット月刊誌やコミックの巻数跨いで発売まで間があいてしまうのに対して、
FAの端折り進行がプラスに働いた数少ない事例ではないでしょうか(笑)
先々週でヒューズさんが死に、先週は生命の誕生を描いたばかり。
だから、残念ながら、どっかを削らなければならないFAにおいては削るべきトコロを削った。
ただねぇ、少年少女が起すリアルな事件の報道を見てるとさ、
当事者の
「死の概念の希薄さ」に関する言動に関して
ゲーム世代で培われたリセット思考ヤベェwwwww 的な印象操作がされてるわけですよ。
反論はあるが、ひとまずソレが世論の流れと言う事になってしまってる。
だったら、お子様向け版鋼であるFAでは、
「死んだ猫は生き返らない」というエピソードは一番、ターゲット層に身近に感じやすいお話として挿入して
対外向けに一応のポーズをとっとけよ(笑)とも思うわけです。
ええ、3話のロゼに対して、「死んだ人は生き返らないゼッタイに」と大事な事はので2度言いました的に言わせるより、よっぽど視聴者の心に残りますよ。
海外規制の名を借りて(多分)、5話の義肢破壊やバリーの肉屋設定変更を職業差別を危惧して云々おためごかしに逃げた描写するより、
こういう文部省推奨的なエピソードを入れる建設的な方向で進めれないものかねぇ。
※リンク先(色字)が無断リンクなのはいつもの事です※
些細な事だが、リン登場までにアルと猫の接点がないような…
行き倒れのリン見つけて「捨てて来い」はカットの方向かしら?
■仮面の男消失次回予告を見るにつけ、来週はメイスンさんいるようで、
イズミ師匠を差し置いて、6巻の表紙を飾ったツケを今頃払わされたって事でしょうか(笑)
尺の都合上削ったのも分るけど、
メイスンさんをお目付け役につけなかったイズミ師匠が無責任にみえてしまう。
うーん、コレ、規制的にネグレクト(育児放棄、監護放棄) とか言われたりしたらどうすんの?
師匠が弟子をとるにあたり根負けした理由に自分の子供が生きていればエド達と同じくらいって思いもあったし、
人体錬成と言う禁忌を犯して蘇らせたいくらい子供大事だったんだよね?
なのに、血の繋がらないよそ様の子供預かって完全監護放棄って…
ブリッグズの冬山のくだりで、草むらで監護してるメイスンの目だけ移しとく(次週ネタ明かし)とか、
もそっとフォローのしようはなかったものか…
少年少女の成長物語において、脇の大人を疎かにしてしまうと魅力半減なんだよなぁ…
今月号のガンガン本誌が「今この世を背負っている大人の…生き様を〜」だけに水さされた気分。
上記のツッコミが頭を掠めてたから、「無理しなくていい」も表層面なぞってるだけの、妙にそらぞらしく思えてしまって OTL
「無理しなくていい」のくだりは、そこに至るまでの話運びは作りこんでたハズなのに勿体無い。
1話の憲兵さんの死スルー・エドに引き続き、どうにもFAはキャラ解釈に、初期段階でひっかかって、その後も引きずってしまう罠。
ヨック島のメイスンさんって、食物連鎖の頂点としても必要な役ドコロだったと思うんだけどな
エド達から見たら、弱肉強食、自分達の生存を脅かす存在。
自分達が頂点ではなく、中間にいたからこそ気づきやすかったんじゃないかと。
■アバン消失前から言ってるけど、2クルー目の新OPからは完全に消えてくれるといいなぁ
■ホーパパ回想夢オチ同一話の中で回収する伏線ならわざわざ入れなくてもいいと思うんだけどな。
煩雑に見える要因その1。
■「この馬鹿弟子が 軍の狗に成り下がったって〜」
なんと言う失敗かーさんww (二重の意味で)
■「師匠もおかわりないようで〜ぇ」普通に引き倒しっぽかったですね。
原作通りに、合気道的というか、相手の力を受け流して利用して弧を描くようにアルの巨体を一回転させて
転がす方が画面的にも栄えるし、力の循環のさせ方がうまい師匠の特徴を現した登場になったと思うんですけど…
■「あいつのせいで母さんは死んだんだ…」?????? (@_@)?
トリシャままんが、苦労がたたって、長患いを無理した末に死亡な水島版ならともかく、
原作と入江版は流行病で死んだわけで、ソレまでホーエンパパのせいにしちゃうエドはちょっと…
しかも驚いた事にダヴィンチの荒川先生談として
リゼーンブールの村の皆さん、年とらないホーパパや、未入籍のエルリック家におおらかだったとか。
私はずっと、子供の頃はそれなりにパパに懐いてたエドが現在に至ったのは、
出て行った当初はそうでもなかったけど、物事がわかる年になって、思春期迎えて
男女のアレコレや世間の風評(田舎で未入籍)的に肩身の狭い思いつーか、
いろいろ思うトコロがあったからだと思ってたのよ。
うん、ホーパパも年を取らないのを不信に思われないように田舎に引っ込んで、
何も知らない子供達はともかく、エルリック家のご近所づきあいはロックベル家程度で、隠れ住んでるイメージでした。
それが荒川発言により覆ったという事は、
エドがホーパパを嫌う理由ってストレートに「大好きなママンを悲しませた」点だけなハズ…?
で、エドがホーパパを頼らない理由は、パパの存在が、長男としてエルリック家家長であらねばと努めてきた
自分のアイデンティティ確立の重要要素を脅かすモヤとした恐怖から来てると読んでいたのですが…
だからエドの成長として、なんでも自分達でやろうとしてた子が
自分でできる事と、自分だけでは出来ない事を把握して、どうやったらその問題を解決できるか考えた末、
他人(コミュニティ)を信用して協力してもらって、事にあたるようになるって事なので
ココの原作のセリフはまだ成長前の「あんな奴に頼るのだけはごめんだ…!!」になるんじゃないの?
嫌いを通り越して、エドがホーパパを憎々しげに思ってそうな強い描写にしてるのは
今後、何かしらの改変があると言う事なんでしょうか?
パパ家出シーンは、後にホーパパ視点で書き直す時のギャップとして、
今回、エドの思い出補正がかかってるにしても、パパンの目は反射光か眼鏡で隠しておいた方が
お父様とのミスリード的にもよかったと思うんだけどなぁ
■「こちょこちょこちょ〜 すぐに帰ってくるわよ」な ぜ ト リ シャ さ ん に 嘘 を つ か し た し! (怒)
「こちょこちょこちょ〜」で誤魔化すなら、誤魔化すだけでよかったよ。
大人をきちんと書いてこそと思ってる自分としては、なんかもにょるよ。
たとえ帰ってくると信じていたり、帰ってきて欲しいと思っていたとしても
涙を見せる描写をする以上、「すぐに帰ってくる」と大人が子供に嘘をつくのは違うと思う。
更に言うなら、トリシャママン回想を補足してくれた事はすんんんんんんごく嬉しいんだけど、
回想に入るタイミングはソコじゃないような…
師匠と話してる時に回想としては尺をとりすぎて、師匠と話してる最中にエド、トリップしすぎ!
時間軸がカーティス家居間に戻った時、ちょっとびっくりしたよ。ああ、まだその話なんだ…みたいな。
「あんな奴に頼るのだけはごめんだ…!!」で回想に入ってパパ家出までで切ってよかったと思う。
んで、冒頭ホーパパの夢のかわりに「お母さん」×4を入れておけば、
これからもう一人の母親(イズミ師匠)に会いに行く対比になってよかったかと。
■防波堤大錬成さりげに、この場面って出産話でのつり橋自重崩壊錬成不可話の対比だったのかもしんないと
改めて思いました。 今頃気づくのって私だけ?

師匠の服の裾飾りがついてたり、ついてなかったり気になります。
■「どうにも弱いねぇ」
兄弟が目をつぶって、だだっこの如くしがみついてるだけなので、
真剣な切羽詰ったまっすぐな目にあらわれた意志に動かされたんじゃなくて、
やっぱり、失った子供の面影の影響が強いって事になるよねぇ? この描写じゃ…
んで、破門イベント後の「帰りません」のやりとりもカットされる?
■アイキャッチとうとう、アイキャッチ画像で遊びだしたww
でもAパート後の音声は無し。
■アルフォンスを食べちゃいたいなんと言うオリバー・エルリックwww ニーサン欲望に忠実すぎるよ。
■蟻食って開眼なんと言う予想の斜め上につきぬけたサプライズ展開www さすが、将来、革靴を食べる男。
ああ、うん、生きる事は食べる事で他の命をそれはまるで頂きますのようじゃないかで神への祈りだからね。
(↑一気に読むべし)
お父様の蟻の例えを原作通りやるなら、コレはコレで超面白いアプローチじゃないでしょうか。
食べる楽しみを奪われてる鎧アルが循環の輪から外れてる存在なのも微妙に浮き彫りにされてますが。
小見出しに「開眼」って書いちゃったけど、この時点で気づいたのは「生きてる」って事実だけね。
つか、なんで蟻を2度も喰うねん。 一度で酸っぱいって気づけ。
極限状態で脆いのはやっぱエドの方と言う点では妙に納得したけど。
■「命を食って生きてる」
今まで『ハウス名作劇場』を見てると思ってたんだが、
どうやら鋼FAは『天才テレビくん』とか『週刊こどもニュース』の類だったようです。 てへ☆勘違い
■「腹減ってへろへろだった時 アリ食ったろ」 「そうだっけ?」そんなゲテモノ食べたのは兄さんだけだよ、一緒にしないでよニーサン!
と腹黒アルのツッコミが聞こえてきそうです。 蟻、食えない事もないらしいけどさ。
エドの身長が伸びないのは、ひょっとして蟻の呪い!?
■「錬成陣の基本は円の力 円は力の循環を示し〜」ここね、水島版に比べてスタイリッシュさも動きの見せ方も地味って思う人多いかもしれない。
でもね、ちゃんと帳尻あわせてきたなーと。私はすごく感心した!
だって、メイスンさんに無人島で鍛えられてないから、エド達は子供のがむしゃらな動きして当然。
んで、イズミ師匠も無駄な動きしないで、円の力使って軽く流してる感がすごく出てたと思う。
■「真理に辿りつけば出来るようになるかもね」 「先生も真理を〜」うすうす感づいてたというよりは、今、唐突に理解したって描写でしたね。
入江版では原作同様2話で機械鎧装着後の初手パンで「あれ(真理)を見なかったのか」とアルに言ってたので
師匠の手パン錬成も含めて因果関係は理解してる設定だと思ってましたよ。
どうにも入江エドは自分の事ばっかで他人に興味ないアホの子に見えてイヤ〜ン。

でもこの場面で一番問題にしたいのはエド達の部屋がなぜ暖色系の明かりになっているのか?
回想に入る前は月明かりっぽい青系の光だったんだけどな。
初見じゃ一夜明けて朝、エドの夢回想かと思いましたよ。(でも次に写るカーティス夫妻の部屋も夜だった)
これも場面転換が煩雑に見えた一要素だと思います。
■「で、話と言うのは何だ」〜「やはり構築式無しに錬成できるか」子供時代の本修行との成長の比較といわんばかりにスピード間ある動きでした。
12話は作画的(作画監督は2話の人、子エド・アル担当?)にはキャラの顔、私好みではないんですが
絵コンテつーか、カメラワークつーか、トリミングは見やすかった方だと思います。
ようやく作画監督補でキャラデザの菅野さんのクレジットを見た気がするし。
名有りのキャストも声優さんみんな続投組みだったんだよなぁ。
■「あれを見たな」「見たなあぁ!」 
他にも余分なギャグシーンあったけど、12話はココが一番不要だと思いマスタング。
この後の「師弟そろってしょーもない」から「ごめんなさい」までの流れは良かったんだけどなぁ
先述したイズミさんの行動原理の不一致が惜しすぎる OTL
■先生には先生の真理さん一人に一対の真理がいるって事でデフォと見ていいらしい。
■「いえ 自分でやった事ですし つらいとかそんな気持ちは」こっちは今までのシナリオの帳尻をあわせてきたと言うか、ツケをはらわされてる感がしますね。
原作だとホントに、自業自得で、つらいとか自己憐憫に浸るとかそんな風に思う事すら許される立場じゃないって腹のくくり方してきて、意識外だったのに、
師匠(他人)に改めて言われて緩んじゃったってカンジでした。 そしてそんな兄弟に読者もつられる。
一方、FAのエドは病室でロス少尉にひっぱたかれる直前のキャンキャンっぷりとか
マルコーさんに、そこ、威張れた事じゃないからww的な説得の仕方とか
ロゼに「黙れ!」と高圧的だったりと、視聴者的に同情の余地なし的なキャラ立ちをしてしまったわけで、
そりゃ、自己申告で「オレ達無理シテルヨ、頑張ッテルヨ」と言わんばかりにしておいて、分りやすく同情シテヨとお膳立てした描写にしてあげないと
師匠に「無理しなくてもいい」と言われたトコロで、
「いや、こいつら好き放題やってて、無理なんかしてねえしwwww」とツッこまれるのがオチですね。
ソレを表層的だけでも回避しようとした故の改変と言う印象でした。