2008.01.13(Sun)
タイトル通り、ネタバレ感想です。
ネタバレ回避文として叫ぶ事としては、
オラもハガレンブロガー新年会参加したかったダヨ!!!!!!!! そしてオモタ。東京は無理でも今日の大阪でのインテのイベント参加して、
大阪で1泊してれば、シャンバラ地上波放送を見れたんじゃーッ! OTL (←DVD持ってるけど)と、言うワケで
本日1月13日(日)25:35〜 劇場版鋼の錬金術師シャンバラを征く者 MBSにて放送 です!
みんな見てね〜 CM CM〜ぅ!
さて、スクロール後、ネタバレ感想スタートです。
■今月の第一声ぎいぃぃ いやあぁぁぁっっっっ、ソレ早く“プチっ”とやっちゃってえぇぇぇぇっ! いや、もう、人でなしと言われようとエンヴィーのアレは抹殺してくれないと不安でしょうがない。
(所詮兄弟スキー)最後の最後でお父様を追い詰めたトコロで、お父様と同化しそうとか…
(いや、そもそもお父様の一部なんだから同化って表現もアレだけど)
お父様に食べられそうとか… EVAのゲンドウ氏のイメージが……
あのヴィジュアルは牛様は胎児をモチーフにしただけだろうし、
賢者の石を失ったエンヴィーをお父様が再吸収したトコロで何かの足しにはならないとは思うけど。 杞憂、杞憂?
でも、お父様、賢者の石を使い果たしたグラトニーもまだ再生させて使う気だよね?
新生グラトニーと言い、強欲さんと言い、お父様が人造人間を作る目的って単に動ける手駒が欲しいだけなのかな?
(にしては前グラちゃんは知能なさすぎだ)
再吸収してるアタリ、人造人間(七つの罪)を消滅させて、自らを神格化しよう云々の解脱的目的ではないはずなのだが?
それにしてもエンヴィーFanにはご愁傷様と言わざるをえない結末でした。
(え?まだ死んでない? どのみち、あそこで放置すれば凍死だよ。)
アニメ版に比べて〜という感想もちらほら見ましたが。
役得さ加減で言えば、アニメ・劇場版の方がよっぽどマシだったと思うのは私だけ?
だってさ、原作のエンヴィー、冷静に見るとセリフ回し&行動パターンはかなり三下だったかと。
そして、晩年(笑)、「悪の美学」とか「悪の花」的要素も金鰤氏にかっさわれておしまいに。
増田の仇として果てられれば、また見せ場的に違っただろうにとかなんとか。
そうそう、大佐さまFanの皆様もご愁傷様。 活躍の場の期待が一つ減りました。
でも、なんか、大佐の相手は大総統の方が構図的に美しいと思うと
増田さんが直接エンヴィーに手を下してヒューズさんの仇を討てると言う雰囲気はもとよりなかったカナと。
大総統の相手を次代皇帝リンがすると言う構図も捨てきれなくはないですが…
で、話はエンヴィーに戻るわけですが、エド達の決意「もう誰の犠牲もださない」ってのは、「人間の定義」ってのは、
どこまでの範囲なんでしょうねぇ。
国家錬金術師への復讐とソレの障害になる下っ端憲兵さんをも軽率に殺害してまわったスカ吉ですら、
エド達が求めたのは、死をもっての贖いではなく、法の下の裁きとロックベル夫妻の墓前での謝罪だった。
人間を見下して、嬉々として人間の不幸を蜜と味わってきたエンヴィーに同情の余地なんかないだろう。
彼の、人造人間の、倫理観がハナから人間のソレと違う種だったとしても、無罪放免で済まされるワケがない。
だからと言って彼を法廷へひっぱり出すのも茶番なら、
あとはもう、エンヴィーとグラトニーには物語メッセージ上もう一仕事あって欲しいと思うばかりなのです。
罪は消すべきモノではなく、償われるモノ。許されようと努力すべきモノ。
アニメ版の設定では人造人間は消滅させてハイ御仕舞=精算ではなく、存在を許され、錬金術師は償いを背負うべきではなかったかと。
アニメ版が人造人間を「錬金術師の罪」として消すベキ存在と位置づけられたのがどうにも納得できなくて、
原作での帰着を楽しみにしる項の一つです。
正し、原作での人造人間の持つ意味合いはアニメ版とは異なりますがw
■表紙黒ベタに浮かぶ電灯がウゾウゾ君の目に見えるのは偶然かと思ったけど、
入り口の形が歪なのは、フラスコの暗示なので意図的ですね。
79話看板の下の矢印とか、「さあ!ページをめくれ!」って誘導してるみたいw
■ザンパノ達の釣り作戦物語の終わりが近づいてるなぁ…としみじみ。
もうね、少年が大人社会の狡賢さや、汚さやを保身を髪間見ちゃって傷ついて何かを悟るみたいな
出題的要素は出し終わってて、今更そんな話は持ってこないんだなーと。
あと、初めて懸賞品目当てでなく、雑誌をよくする為の協力として本誌末の読者アンケート葉書に答えようかと思った!
歌猫様もおっしゃってたけど、2号連続の兄弟や増田とか主役格の人気キャラ不在はガンガン本来の読者層からみたら“少年漫画”の王道をはずれ魅力を欠くだろう。
でも、「弱きが努力して強きを挫く!」もまた“少年漫画”の王道なのだ。
この辺の王道の使い方(隠し方?演出?)が某原案・脚本付き中華風漫画との大きな差だと思うのだ。
■何も…… 何もしなかった自分に腹が立つ「理不尽を許してはいないのよ」 これはウィンリィからスカーへ向けて言われた言葉。
「人として憤らねばならぬ」 これはスカーの中でだけ回想された言葉。
でもウィンがスカーを両親が助けた命だからと手あてをする様をマルコーも見てた。
そりゃ周囲の協力がなけりゃ、マルコー氏一人であの状況を作りだせなかっただろうけど
マルコーは自分のケジメとして問題的には誰が見てるかなんてのは些細な事だけど
読者視点からみると、マルコーさんのがんばり物語はウィンに見てて欲しかったなぁと。
ちぇ、そりゃ居ても役に立たないけど、ウィンたん、また蚊帳の外かよ。
でも、ラーメン(?)すすってるヨキのコマは荒川センセらしい和みポイントだ。
■壊し方も知っているという事だ!!!あるれぇー? 五角形交差版の方の陣使っちゃうんだ?
第二研究所のは単に研究途中(&お父様の情報の出し惜しみ)で不完全な陣だったってダケになるのかにゃー?
それとも通常の五角形交差版と石破壊用は上下逆に書いてる?
描き方としては指の付け根側に内側の五角形の先端がきたほうが自然かも。
だからマルコーの手に書かれたのは上下逆? でもその手法で行くと掌と手の甲で裏表で陣の使い分けも可能になってしまいそうだ(笑)
賢者の石に関しては
イシュ戦時 氷柱型
↓
マルコー失踪時 液状型
↓
第二研究所閉鎖後 球体型
で、だんだん円(球)に近づいてるって事か?
でも、お父様が飲んだり、リンに分け与えたのは液体型で、その方が柔軟性もありそうな気もするけど
そもそも、ホーエンハイムなんかヒトガタだ。 ホーパパが賢者の石の完成系でいいわけ?
うーん、陣の使い分けといい、物語の主題としては些細な小道具にしかすぎないんだけど気になります >_<
オマケ※PAPUWA最終話感想でもオチはハガレン。
■完全無欠の少年は〜初代最終巻の見返しと同じメッセージで首尾一貫してるとは思いつつ
だったら、あんなにも長く初代を越える巻数の2期はやる意味あったのか小一時間。
「チャンネル5」や「自由人HERO」にちょっとは繋がったかな?と思わせもしましたが
「チャンネル5」、きちんと完結させて欲しかったよあなぁ。
今思えば、
赤・青の秘石 → ホーパパとお父様
シンタローとコタロー → ブラコン☆エドと腹黒アイドル☆アル
ジャンと愉快な獅子舞組 → ジャン・ハボックと愉快な増田組
なんだ、鋼はガンガンの中でちっとも異色じゃなく、むしろガンガンっ子じゃないか。
だからと言って、アメストリス全土に張り巡らされた錬成陣が、「オラに力を!」とか元気玉扱いになるのは勘弁です。 OTL